懺悔3
小学校4年生のときの話。
担任の先生がビーチサンダルが先っぽについた指示棒を使っていた。
クラスのみんながそれを面白がって、みんなで代わる代わる遊んでいた。
俺もその輪に加わっていた。
俺の順番が回ってきたとき、理由は忘れてしまったが、俺はその指示棒を折ってしまった。
俺は焦った。優等生の俺が、先生の持ち物を壊したなんてことを知られるわけにはいかなかった。
俺はまた下手くそな言い訳をして、その場を誤魔化した。
多分、先生にはバレていたんだと思う。
先生は「やってしまった人はちゃんと後で言いに来てください」と言っていた。
俺は言いに行けなかった。逃げた。
その数日は相当悩んだと記憶している。でも結局逃げることを選んだ。
その後は先生の顔をまともに見ることはできなかったと思う。
4年生は楽しい学年だったけど、この事件があってからは最悪な学年の記憶になってしまった。
もちろんすべて自分のせいだ。
ごめんなさい、加藤先生。
先生の棒を折ってしまったのは僕です。
30年間ずっと、謝れなかったことを後悔していました。
謝罪ができない癖はどこかで治せなかったんだろうか。
この後の人生でも謝るべきときに謝れないことが何度もあった。
全て後悔している。
まともに謝れるようになったのは社会人になってからだと思う。
これは本質的に変わったわけではなく、大人としての理性で謝っている感じだ。
今でも逃げてしまう心は体の真ん中に巣食っている。
子供にはこんな人間になってほしくない。
ちゃんとした人間になれるよう、ちゃんと寄り添ってみていこうと思っている。
懺悔2
今週はメンタルは安定している。が、先週の流れで後悔している過去をつづりたいと思う。
今回はものすごく大きな過ちの話。
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あれは小学校3年ごろの話だったと思う。
自分は母親の財布からお金を盗んでいた。
始めたきっかけは何だったのかは覚えていない。少しイライラしたことがあると、憂さ晴らしのようにお金を盗んでいた気がする。
盗んだお金でお菓子を買ったり、カードを買ったりしていた。
悪いことをしている認識はあったと思う。でも見つからなければいいやと思っていた。
どのくらいの期間、盗んでいたのかは覚えていない。半年か1年間くらいか?
バレたのは近所に住む従妹が親に報告し、その親から自分の母親に情報が伝わったことからだった。
前回の懺悔1の話とは違って、これはこっぴどく叱られた。
従妹とその親がいる前では、意味不明な言い訳をしていたのを覚えいている。(これは自分の裏金なんだ・・・とか)
でも自分の母親と二人きりになったあと、すべて自白して謝った記憶がある。涙が止まらなかった。
親の財布からお金を盗むという行為はこれ以降やっていない。
このとき、すべてがバレて叱られたことは本当に運がよかったと思う。
その時点で更生ができたのだ。「盗む」という行為についてのみだが。
叱られているときに、涙が出るほど反省したのは人生でこの時だけだと思う。
このくらいの経験をしないと、心の底から変わることは不可能なんだということが振り返ってみると理解できる。
自分の子供を叱るとき、子供が涙を流しながら反省してくれることがよくあるけど、こういう経験が大切なんだとその都度思う。
(よく犯罪や非行に走ってしまう人たちは、こういう経験が少ないからなのかな・・とも思う)
とにかくこの経験がなければ、もっと最低な人間になっていたかもしれない。それこそ警察のお世話になってしまうような。
ちゃんと叱ってくれた母親に感謝している。
しかし「盗む」という行為以外については、ここまでの経験をせず誤魔化しながら生きてきてしまった。
親のせいにするわけじゃない。自分がそもそもダメなのだが、この叱られる経験をほかの面でもしていたらな・・・とは思ってしまう。
自分の子供はちゃんと叱ろうと思って過ごす日々である。
懺悔1(小学校1年?ごろ)
昨日のメンタル吐き出しの勢いで、これまで心に留めていたことを色々書いていこうと思う。
メンタルを整理し、これからよりよく生きていくために。
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42歳の今になるまで、色々なことを誤魔化しながら生きてきた。
他人に迷惑をかけたり、ひどいことをしてもヘラヘラしてその場を取り繕い
心から謝罪することなく生きてきた。
今でもその性格は変わっていない。多少は改善してるけど、根っこはガキのままだ。
ずっと心に引っかかってることを吐き出したいと思う。
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あれは小学校1年のころだったと思う。
近所に住む従妹と遊んでいたときの話。
プラスチック製のおもちゃのバットとボールで遊んでいた。
自分が思いっきり振ったバットが友達の顔に直撃した。
もちろんわざとではなかったが、謝れなかった。
気づかないふりをして、その場を立ち去った。
その後の展開はよく覚えていないが、その従妹とはそれ以来まったく会っていない。
プラスチックのバットだから、騒ぎになるようなケガはしてなかったと思う。
なぜ謝れなかったのか。
もうそのころには「謝れない人間」という人格が出来上がっていたように思う。
基本的に親から怒られたことがなく、「優秀で良い子」というレッテルの下で育てられていた。
その評価が落ちてしまうことを極度に恐れていたのだと思う。
間違ったことはしない良い子。自分はその役割を全うしなければならない。
間違ったことをしてしまったことがバレたら、周囲をがっかりさせてしまう。
そんなことばかり考え、間違いを認められない人間になってしまった。
間違いを認められないから謝れない。自分は失敗していない。自分は悪いことをしていない。
従妹をバットで傷つけてしまったそのとき、謝ることができていれば
その後も生き方も多少違ったのかもしれないな、と今になってみれば思う。
同じような後悔がたくさんあるから。
悪いと感じたらすぐに謝る。当たり前のことができる人間になれなかった自分。
今でも根っこは同じだ。大人としての理性でその根っこを押さえつけてはいるが。
子供には口うるさく謝ることの大切さを伝えている。
こんな父親で申し訳ない。でも現状を受け入れて進んでいくしかない。
過去の自分(メンタルの整理)
もう20年以上前、自分は高校・大学で楽器を演奏していた。
高校時代は吹奏楽に入っていた。吹奏楽では譜面通りの演奏をすればよかった。
このときはそんなに楽器に苦手意識はなかった。
大学になってから周囲の影響を受け、そのまま流され、ジャズ演奏サークルに入ってしまったことが間違いだった。
そもそも音楽の才能の無い自分がアドリブ演奏なんてできるはずがなかった。
めちゃくちゃ下手な演奏を大学の4年間続けた。
自分は恥をかくことに対する耐性が極めて低い。
いかに恥をかかないようにするか、どうやって誤魔化すかを一生懸命考えながらサークル活動をつづけた。
ちっぽけなプライドがあり、サークル活動を辞めることもできなかった。
一部の人間、特に高校時代の知人からは自分の真の姿(誤魔化し生きていること)を見抜かれ、蔑む言葉をかけられたりもした。
大学院生、そして社会人になり、楽器を触ることはなくなった。
ようやく恥ずかしい演奏をしなくてすむことに安堵し、平穏な人生を送ることができた。
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あの頃から20年がたち、40歳を過ぎた自分。
精神的にも成熟し過去と冷静に向き合えるかな、と思っていた。
しかしそんなことはなかった。
最近、20年前のジャズ演奏サークルの発表会の映像が出てきた。
本当に20年ぶりにその頃の自分の演奏をみた。
恥ずかしくて死にそう・・・とかじゃなくて、頭がクラクラし眩暈がした。
映像をみることを脳が拒否してる感じだった。
本当に自分はイヤイヤやってたんだなとあらためて実感し、悲しくなった。
一度しかない青春時代。完全に失敗した。
40歳を過ぎたオッサンが後悔するのも変な話だが。
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社会人になってから過去の楽器をやっていた自分は無かったことにして生きてきたが、
メンタルを保つために自己防衛してたんだな、と思った。
過去の自分をみることでメンタルが崩壊してしまうのは、演奏の上手い下手だけでなく、
高校時代の吹奏楽の人間関係が(主に自分のせいで)ボロボロなことも影響してると思う。
「お前は本当に最低」
「お前は本当に怖い人間だ」
そんな言葉をかけられた。そんなときも笑ってごまかし、その場を取り繕った。
その場面を思い出すと、今でも死にたくなる。メンタルが崩壊する。
そうなったのは自分のせいだ。でもそんなつもりはなかった。
ちゃんと説明すれば、ちゃんと謝罪すれば、ちゃんと向き合えばよかったのかもしれない。
でも結局は、それができない自分がすべての原因だったんだ。
とにかく高校の吹奏楽の知人とは怖くて連絡をとれない。
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こんなメンタルになる自分、42歳になるが今でも子供のままだと感じる。
でもそんな自分も2人の子供の親だ。
こんなメンタルで子育てするわけにはいかない。
そして、自分のような思いを子供にさせるわけにはいかない。
過去の自分は見たくない。見てしまうとメンタルが崩壊してしまう。
目を背けつつも、どうすればそのような事態を避けられたのかを理解し
そのエッセンスを子供に伝えたいと思う。
自分はもう手遅れだが、子供にはこんな思いはさせたくない。
大事なのは
①自分の心に正直に生きる。
②周りに流されない。
③ちっぽけなプライドは捨てる
④心の底から人と向き合う。話し合う。
⑤ちゃんと謝る。
④と⑤かな・・・と思う。特に大事なのは。
自分はもう手遅れ。辛くて辛くてしょうがないけど
家族もいるし自殺するわけにもいかない。
今の自分を受け入れて進み続けるしかない。この思いは墓場まで持っていく。
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もう意味わからないほどの駄文になってしまったが
メンタルが崩壊したので心を声を吐き出してみた。
年末年始でやりたいこと
年末年始の連休でやりたいことをまとめておこう。
スマホはSamsungのGalaxy S10(ドコモ・キャリア版)を使っていたが、同じくSamsungのGalaxy S24に機種変した。
冬休みに入る前にドコモオンラインショップであらかじめ購入・手続き済みなので昨日から色々と設定・移行をしている。
近年は生活に関わる情報インフラの大半がスマホに依存しているので、スマホを変更する際の作業工数がすさまじい。とてもじゃないけど、長期連休時じゃなければ対応できないね。
クレジットカードについては今年からdカードゴールドの年間特典が改悪されてしまったので、メインカードを三井住友カードゴールドのNLに変更した。ドコモはahamoに契約を変更し、年会費のかからないdカードでお支払い。
ちなみにネット回線もドコモ光→Nuro光にチェンジした。dカードゴールドだとドコモ光に旨味があったけどね・・・。
年末に持ち帰ってきた仕事もちょっとだけ処理しなければならない。効率悪くてダメだなぁ・・・。来年はこういうのも改善していきたいね。
2024年末 1年半ぶりの更新
誰も見てはいないと思いますが、どうにかこうにか生きてます。
昨日が仕事納めで今日から年末年始休み。今年は余りまくってる有給を1日くっつけて10連休にしてやりました。
2023年4月からまったく更新していなかったわけですが、生活はあまり変わっていないです。
1つだけ大きく変わったのは柴犬を飼い始めたこと。かわいいです。
前のブログを始めたころに生まれた長女も今年で10歳。
そして次女ももうすぐ8歳。そして自分は42歳。
光陰矢の如しです。
2022年2月に転職してからもうすぐ3年。
地道にがんばってはいますが、この1年ほどはあまり起伏もなくダラダラ生きてきてしまいました。
変わるきっかけとして、このブログの更新を再開してみようかなと思っている次第です。
どうせまたすぐやめるかもしれませんが・・・。